2012年5月9日水曜日

PRANJ


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PRANJ(政策海外ネットワーク)リポート
ワシントン発20 月刊論座2003年12月号掲載

「米大統領選挙始動」

池原麻里子 ジャーナリスト

 二〇〇四年の大統領選が迫っている。現職のブッシュ大統領に交代を迫るため、民主党内の候補者レースは佳境を迎えている。

 民主党予備選挙には当初、九人の候補が名乗りを上げていた。その中で有力視されているのはハワード・ディーン前バーモント州知事、ジョン・ケリー上院議員(マサチューセッツ)、リチャード・ゲッパート下院議員(ミズーリ)。そして第二軍はジョゼフ・リーバーマン上院議員(コネティカット)とジョン・エドワーズ上院議員(サウスカロライナ)。泡沫候補はデニス・クーセニッチ下院議員(オハイオ)、公民権活動家アル・シャープトン、キャロル・モーズリー・ブローン元上院議員である。ボブ・グラハム上院議員は十月七日、資金不足で出馬を断念した。

 十人目の候補として九月十七日に出馬表明したウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官は、民主党支持者を対象とした各世論調査で一挙に第一位に躍り出た。しかし、「この遅い時期に予備選挙に参入してどこまで互角に戦うことができるか」と疑問視する政治専門家も多い。

民主党候補たち

 二〇〇四年大統領選挙で誰がブッシュ大統領に挑戦することになるのだろうか。その候補を紹介したい。
 ハワード・ディーンはニューヨーク出身の五十五歳。アルバート・アインシュタイン医科大学を一九七八年に卒業後、バーモント大学病院でインターン。八一年に医師の妻と開業。バーモント州議会下院議員、共和党州知事の下での副知事、そして州知事(一九九一〜二〇〇二年)を務めた。知事時代には全米で初めて同性間のシヴィル・ユニオンを認めるなど社会政策ではリベラル。財政面では保守的で、二度、所得税減税を実施し、財政赤字を減らした。医師であることからヘルスケア問題に熱心である。妻は現在も開業医で遊説には同行していないが、Doctors for Deanという医師の支持団体のメンバーとして側面援助している。

 インターネットを駆使した選挙活動で注目されており、特に「ミートアップ」と呼ばれる、ボランティアたちが各地で毎月同時に自主的に集まるという草の根活動を展開している。ブッシュが一人二千ドルのパーティーで大金を集めているのとは対照的に、二十ドル、五十ドルと小口ながら、民主党候補で最も多額の寄付を集めている。

 率直な態度がワシントン・アウトサイダーとして人気を集めている。しかし、米国民は楽観的なリーダーを好むから、"怒る"ディーンは二〇〇〇年大統領選挙結果に恨みを持つ民主党層の支持は得ても一般受けはしないだろう。民主党主流は「リベラルのレッテルが付いた北東部の小さい州の知事ではブッシュ大統領に勝てない」と懸念している。


ブッシュ大統領はinpeachedする必要があります

 ウェズリー・クラークは、民主党主流の期待を集めて登場した。クリントン前大統領と同じアーカンソー州リトルロック出身で五十八歳。六六年、ウエスト・ポイント陸軍士官学校をトップで卒業、やはりクリントンと同じくローズ奨学生としてオックスフォード大学で学ぶ。ベトナム戦争に参戦、負傷し、パープルハート名誉戦傷賞を受勲。欧州連合軍最高司令官として九九年のユーゴ空爆を指揮した。地上軍投入をめぐってペンタゴンと対立し、二〇〇〇年退任。政治経験はゼロだが、クリントンの九二年大統領選挙で活躍したミッキー・カンター元商務長官ら、クリントンやゴアの選挙で活躍したベテランをブレーンに抱えているのが強みだ。クリントンの元政治アドバイザー、ディック・モリスは「クリントン夫妻はディーンの� ��頭を阻止し、混乱を招いて、二〇〇四年に民主党大統領が誕生しないようにする魂胆だ」と陰謀説を述べている。

 クラークは出馬表明後、わずか二週間で二百五十万ドルほどを集めた。これは出馬表明前から彼の出馬を熱望する支持者が設置したインターネット支持団体が五十州で活動していたからである。この草の根部隊と選挙プロのスムーズな融合が必須だ。ペロー、マッケインなどを支持した無党派層やディーンの支持者をターゲットとしている。

 私の知人の米軍関係者は「軍の七、八割が共和党支持者だが、ブッシュ政権のイラク政策と兵の冷遇に不満が高まっており、元身内のクラークが民主党大統領候補になれば半数が彼の支持に回ると思う」と語った。これは二〇〇〇年大統領選挙でブッシュとゴアの明暗をわけることになった米軍基地や退役者の多いフロリダ州で重要な要素だ。

 クリントン的中道の政策を掲げ、軍役体験のある南部出身のクラークは、民主党にとって大変魅力的なブッシュ対抗馬である。予備選挙で勝てない場合、副大統領候補に指名される可能性もあるだろう。ただ共和党側は「強敵だと懸念していたが、候補としてぱっとしないから安心した」とたかをくくっている。

 ジョン・ケリーはコロラド生まれ、五十九歳。父親が外交官だったため、海外在住の経験が豊富でフランス語堪能。ブッシュ大統領の母校でもあるエール大学を六六年に卒業した後、海軍に入りベトナム戦争に参戦した。六九年に帰国し、パープルハートを三つ受勲。二年後、ベトナム戦争に反対する退役軍人団体を設立して注目を浴びる。ボストン・カレッジ・ロースクールで学び、マサチューセッツ州の地方検事になる。八二年にマサチューセッツ州副知事、八四年に連邦上院議員となる。

 当初、ケリーは実力派として最有力視されていた。しかし、ゴア前副大統領同様、あまり親しみを感じさせないエリートという印象を与えるためか、伸び悩み、同じ北東部出身のディーンの躍進に圧倒され、影が薄い。


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 リチャード・ゲッパートはミズーリ州出身の六十二歳。六五年にミシガン大学ロースクールを卒業後、七六年に連邦下院議員となり、現在に至る。八〇年代半ばには民主党中道派の組織である民主党指導評議会の設置に携わった。九五年に下院が共和党支配となって以後、二〇〇二年まで民主党リーダーを務めた。八八年に民主党大統領選挙予備選挙に出馬したが、候補指名を受けることはできなかった。ポピュリストであり、民主党のリーダー的存在として資金力、組織力を備えている。

 日本ではゲッパート条項など保護貿易主義者として有名だ。自由貿易協定による海外工場移転で失業した米労働者のエピソードなど涙を誘う熱のこもったスピーチや討論が上手だ。

 ジョゼフ・リーバーマンはコネティカット出身の六十一歳。エール大学ロースクールを六七年に卒業。コネティカット州議会上院議員を経て八〇年に連邦議会下院議員選挙に出馬して落選。八二年から八八年まで州司法長官を務める。八八年から連邦上院議員。二〇〇〇年に民主党副大統領候補に指名されたため、全米的な知名度は高い。敬虔なユダヤ教徒であり、社会的価値観も保守的だ。二〇〇〇年にゴアが地元のテネシー州で勝てなかったのは、ユダヤ系に対する偏見が南部で残っていることが原因だったという分析もある。ブッシュのイラク政策もずっと支持しており、ブッシュの対抗馬としての魅力には欠ける。

 ジョン・エドワーズはサウスカロライナ生まれ、ノースカロライナ育ちの五十歳。七七年にノースカロライナ大学ロースクールを卒業した後、訴訟弁護士として成功。九七年にはプールでの事故に関する裁判でノースカロライナ史上最高の二千五百万ドルという賠償金を勝ち取る。九八年に連邦上院議員に当選して今日に至る。

 南部出身の中道派。上院情報委員会のメンバーとして外交・国防政策の経験も積んできたが、任期第一期で経験が浅く、大統領予備選挙出馬は時期尚早と見られている。

 デニス・クーセニッチは九七年から連邦下院議員。反グローバリズムの典型的な民主党リベラルで、イラク戦争に反対し、イラクからの米軍撤退や平和省の設立を提唱している。日本でも彼の著書を邦訳したりとファンがいるようだが、アメリカでもカルト的存在。選挙資金不足で早期にドロップアウトすることになるだろう。

 アル・シャープトンは黒人票を当てにした候補で、過去にその扇動的な活動がしばしば物議をかもしてきた。討論会ではカラフルな発言で楽しませてくれる存在だ。

 キャロル・モーズリー・ブローンは初の黒人女性上院議員として一期務めた。「黒人票がシャープトンに集中しないように投入された」という噂を聞いたことがある。

各候補の政策

 さて、この候補たちはどのような政策を提唱しているのだろうか。外交政策面では各候補ともブッシュ政権の一国主義を批判しており、民主党の伝統に基づいた国連や多国間同盟、交渉を重視した政策を打ち出している。

 イラク戦争については現職議員の主要候補全員が対イラク武力行使決議に賛成票を投じた。その後、イラクの状況が泥沼化するにつれ、ケリーとエドワーズ、ゲッパートはブッシュ批判の声を強めているが、一度は支持表明したため、どうしても歯切れが悪い。


誰がホロウェイケースの新証人である

 これに対し、ディーンは最初からイラク攻撃に反対し、ブッシュを厳しく批判し、支持を集めている。クラークも出馬宣言までCNNのコメンテーターとしてブッシュを批判していた。選挙に名乗りを上げた後、「自分が議員だったら対イラク武力行使決議を支持していただろう」と発言し、翌日には「反対していたはずだ」と前日の発言を撤回した。元軍人のクラークがイラク戦争に反対の立場をとることは、ブッシュ政権のイラク政策に対する不満が高まっている国民感情を吸い上げることができる重要なセールス・ポイントとなることを意識してである。

 通商政策ではゲッパートとディーンが保護貿易主義的な色彩を見せており、その他もリーバーマン以外は条件付きの自由貿易を提唱している。ゲッパートはNAFTA(北米自由貿易協定)や中国に最恵国待遇を供与したことが米労働者の賃金低下を招いたと批判し、長年近い関係にある労組の支持を固めようとしている。ディーンも労働・環境基準をベースとした公正貿易を提唱している。製造業の失業者が増えている中、無条件の自由貿易は提唱し難い環境である。しかし、ニューデモクラット派は自由貿易を推進することでビジネスからの支援を得て当選したクリントン前大統領を手本とすべきだと考えている。

 経済政策では各候補がブッシュ大統領の大幅減税と財政赤字増大に批判的である。うちディーンとゲッパートは減税の全面廃止を主張。クラークは年収二十万ドル以上の富裕層は、減税されるはずだった収入の一部を雇用創出のための基金に回すことを提案している。

 すでに民主党大統領候補の討論会は四回開催され、うち二回にはクラークも参加した。クラークが初めて参加した九月二十五日の討論会では、ディーンに攻撃が集中したが、十月九日の討論会はクラークに対する集中攻撃となった。クラークが過去にニクソンとレーガンに投票し、二〇〇一年にアーカンソー州で開かれた共和党の資金集めパーティーでブッシュ大統領と国家安保チームを称賛したこと、イラク武力行使決議を支持すると述べ、その後それを否定したことが問題視された。クラークは「二〇〇〇年はゴアに投票した」と述べ、「イラク戦争は不要で戦略上のミスだった」と主張するなど守りの態勢に追い込まれた。

今後の日程と展望

 二〇〇四年一月十九日のアイオワ州党員集会、一月二十七日のニューハンプシャー州予備選挙、二月三日のサウスカロライナ、オクラホマ、アリゾナという南部三州の予備選挙で大体の様子が見えてくる。

 現在、アイオワと北東部でディーンが優勢である。ケリーがニューハンプシャーでトップか二位の座につくことができない場合、今後の苦戦が予想される。クラークは組織作りに手間のかかるアイオワ、間近のニューハンプシャーは捨て、南部に力を入れる作戦。三月前半にはほぼ大半の予備選挙が終了し、勝負がつくことになる。

 その後は七月二十六日から二十九日にボストンでの民主党全国大会、八月三十日から九月二日にかけてニューヨークで共和党全国大会が開かれ、十一月二日が大統領選挙の投票日である。


 民主党候補の挑戦を受けて立つブッシュ大統領とチェイニー副大統領はすでに一億七千万ドルを集めた。これは党大会前に集めた選挙資金として史上最高。両人はフロリダ、ミネソタ、ミズーリ、オレゴン、テネシー、ワシントン、イリノイ、オハイオなど二〇〇〇年に負けたか五%以下の票差で勝った州を中心に遊説している。大票田のフロリダ州、テキサス州はすでに共和党州知事で、ブッシュ再選には有利だ。

 一方、もう一つの大票田、カリフォルニア州でリコールによって共和党州知事が誕生したが、必ずしもブッシュにとってプラスになるとは限らない。同州の巨額の財政赤字など簡単に解決できる問題ではなく、共和党が防戦に回ることになるからだ。またシュワルツェネッガー新知事は社会政策ではリベラルであり、保守の色彩が明らかになったブッシュへの支持につながるわけではない。

 ブッシュの最大の武器は現職であること、そして豊かな資金力だ。しかし、国民が一番重要視している経済・雇用面で、経済は回復しても製造業などの失業率が減らず、IT分野などで長期失業者が増えている。多くのエコノミストが来年にかけて経済はさらに上向きになると予想しているが、現在六・一%の失業率が減るかどうかが鍵となる。

 イラクも五月一日の戦闘終結宣言後の死傷者が戦闘中より増え、一週間に十億ドルあまりの費用がかかっている。イラクとアフガン復興について進展が見られないことにいらだったブッシュ大統領は十月七日、ライス補佐官にホワイトハウス内に対策本部を設置させ、国民向けに前進ぶりをPRする作戦だが、その効果はあまり期待できない。

 ブッシュ大統領にとって一番悩ましいのは、国民の五九%が国は誤った方向に進んでいると感じていることだ。これは現職大統領にとって最大の赤信号である。ブッシュの再選は確実ではなく、国民の支持を得ることができる代替政策を提示できれば民主党大統領候補が当選する可能性は十分にある。

 民主党大統領が誕生した場合、より国連、多国間同盟、条約を重視した外交政策を展開することになるだろう。またブッシュが実施した富裕層に対する減税の撤回を試みるだろう。これらは共和党穏健派議員も支持する政策である。ただし、議会は上下両院とも共和党支配が続くばかりか、多少共和党の議席が増える見通しで、民主党大統領の自由にはならない。

 アメリカン・エンタープライズ研究所の政治アナリスト、ビル・シュナイダーにたずねると「クラークとディーンが有望。特にクラークが候補になれば無党派層の支持も集まる。民主党主流はホワイトハウス奪回に必死だから、クラークは遅いスタートでも挽回できるだろう。ゴアは出馬しないが、ヒラリー・クリントンは虎視眈々と状況を見守っている。二〇〇四年に民主党大統領が誕生すると自分のチャンスは二〇一二年、六十五歳になるまで回ってこないからだ。ヒラリーが出馬した場合、資金や組織は問題ないが、女性であることは国家安保問題が重視される現状では不利だ。『クリントン』という名前に対する拒絶反応も根強い」と分析した。

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